Sculptor Eiji Nitahara

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Vezelay(ヴェズレー)にて

 その日、トゥールの街は霧に覆われていた。シャト―・シノンは秋の高い梢の並木道の中から、ようやく朝の陽の光を吸って朧に浮かび上がってきた。河があった。その河に架かる橋のたもとで城は自身の姿を映していた。それは世紀に亘るナルシスム。城の主は移ろい死に絶えても、その城の石壘を川面に映す姿は日々の変化に留まるところを知らず美しい。今日、僕はそこに穢れなき一片の清冽な彩画を観ていた。いつの日か再び訪れよう。

 ブルージュより道は雲を掃いてしまった青色の下、赫土と紅葉の大きな起伏を越えて地平線の向こうに消えていた。僕はその道を辿った。幾つかの丘陵のうねりを過ぎたあたりに川は古い石造りの橋の袂で渦を巻いて清冽に流れていた。ここでも川面は古い邑(むら)を映していた。その邑里(村里)の名はラ・シャリテ,最早ナルシスムの装いはそこになく、浄化の長い歴史と、人間の静かな信仰があった。信仰の魂は無心に水面に清められ、カテドラルの壁が崩れかけていた。そこには、あのパリのノートルダムの重厚な姿に住まう精神の重みも最早ここには無く、壁は崩れるに任せ、その自然のうつろいにそって更に魂の清純を洗い続けていた。

 Clamucy(クラムシー)の近くで再び霧の回廊に入っていった。クラムシーの街はラ・シャリテの邑里と兄弟であった。それから間もなく私達はVezlai(ヴェズレイ)の麓に達した。夜が霧の中から生まれていた。私達はホテル・シュヴァイルブランに落ち着くと夕飯の前に丘へ向かう道を登った。石畳を歩く人影は他になく軒下からの灯りは淡く少なかった。空気は全てを静かに包み、バジリカは丘の頂きに在った。

翌朝、再びバジリカへの坂道を辿った。古錆びたバジリカの前は広場で その近くの露地の家屋にひと際あざやかに朝の陽光(ひ)がさしていた。陽光は(ひかり)は壁にまつわる蔦の葉を深紅に染めていた。あの深紅はヴェズレイのタンパンのキリストの血であったのだろうか、僕はその蔦の一枝を採るとタンパンのキリストに懸けようと秘かに思った。
 
抒庵
 
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彫刻家二田原英二公式ホームページ